ノーベル賞を2回もらった女性がいる。1903年にノーベル物理学賞、1911年にノーベル化学賞である。それは、ラジウムを発見したマリー・キュリーである。
キュリーは、貧乏で家庭教師をしていたが、ひどく内気で臆病な性格のため、友達もあまりできず学問へとのめりこんでいった。あかり取りとしての天窓が1つだけの狭い部屋、ガスも電気もない。寒さに震えながらも苦学した。しかし、研究一筋の彼女にピッタリの男性が現れ、一生に研究をすすめていくことになる。そしてついに、当時知られていたウラニウムよりも200万倍も強力な放射能を持つ金属を発見し、ラジウムと命名した。ということは有名な話ではないだろうか。
彼女は後に、生涯のもっとも幸福な時代は、ラジウムを発見し有名になった時であろうかという質問に対し、きっぱりと「違う」といっている。「床板もないボロ家で貧乏に追われながら研究を続けていた時」だといっている。
ガン治療に欠かせないことがわかっていたラジウム抽出法の特許をとり、世界中どこで生産するラジウムからも権利金が取れたはずであるが、彼女は『科学的精神に反する』といってそれをしなかった。病気の人に使うラジウム抽出法の特許を取って金儲けなんて、病人の足元を見てそれにつけ込むことであり、そんなことはできないというのである。
ラジウムの発見など、科学的発見はもとより、巨万の富よりも簡素な生活・奉仕の人生を選んだ生き方こそ、ノーベル賞ものなのではないだろうか。
人それぞれ価値観が違うであろうが、キュリーが言った『幸福な時代』とは・・・
ものの考え方をいろいろと考えさせられる問題なのであろう。