日本刀とピストルの弾丸はどちらが強いのだろうか?
以前、無駄知識の「トリビアの泉」で実験が行われていた。
刃を向けてしっかと固定された日本刀に5M離れたところから、ピストルの弾丸を放つ。
さて、どちらが強かったのか。。。 よくルパン三世で五右衛門の斬鉄剣がピストルの弾丸を真っ二つにするシーンがあるが、正にそれを証明するような結果となったのである。
実験は何度も繰り返されましたがすべて同じ結果で、日本刀は刃こぼれ一つせず、周りには真っ二つに割れた弾丸が。。。
鉛や銅で出来た弾丸に比べ、何度も炉で熱し、鎚で叩いて伸ばされ鍛えられた鋼の日本刀、勝負はやる前からついていたのかもしれません。
時速900キロの弾丸にびくともしなかった、本物の日本の匠の技! 日本も捨てたものではないのでしょう。
何事にも動じない、正に本物の強さなのでしょう。
私の好きな言葉の一つに、レイモンド・チャンドラーの言葉がある。
『人は強くなければ生きていけない。でも、やさしくなければ生きている価値がない。』
『強さ』と『やさしさ』、本物の強さとは何なのか。。。 本当のやさしさとは。。。
悩んでも悩んでも、なかなか答えがでてこない難しい問題である。
弾丸にビクともしなかった日本刀のような強さを持ちたいし、本当の愛情をもったやさしさを持ちたいと思っている。
しかし、日本刀の強さは鎚で叩いて伸ばされ鍛えなければでてこない。いろいろ悩んでもがいてこそ本当の強さがでてくる。
やさしさにしても自分の利益や相手に嫌われたくないという自分本位の思いで表面的にやさしくしているだけなのではないだろうか。深い愛情から滲み出たやさしさなのだろうか。。。
嫌われたくないから人にやさしくしていないだろうか。本当にその人のために苦言ができるであろうか。。。 本当のやさしさには嫌われてもいいという覚悟が必要なのかもしれない。
それが正しいのか間違っているのかすらわからない。
本物の強さとは 本当のやさしさとは。。。
『人は強くなければ生きていけない。でも、やさしくなければ生きている価値がない。』
強くてやさしいといえば、憧れであるし、誰でもそうなりたい。 でもそれは難しい。 いろいろ考えさせられる奥が深い言葉である。